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甲府地方裁判所 昭和22年(ワ)112号 判決

原告 原藤理吉

被告 山梨県知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二二年一〇月九日買収令書の交付によつてなした原告所有の別紙目録記載の土地に対する買収処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

原告は別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)を所有するものであるが、山梨県東山梨郡中牧村農地委員会は本件土地につき自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条第五項第六号(改正前の第五号)に該当する農地として買収の時期を昭和二二年七月二日と定めて買収計画を樹て、同年五月二一日これを公告し、同日から同月三〇日まで書類を縦覧に供したので、原告は同月二八日同委員会に対し異議の申立をしたが、同年六月五日却下された。そこで同月三〇日附で更に山梨県農地委員会に訴願したところ、同年八月四日附で訴願を棄却する旨の裁決がなされ、原告は同年九月二二日右裁決書の送達を受けた。その後被告は買収の時期を同年一〇月二日とした山梨東山梨No.特1買収令書を同年一〇月九日原告に交付して本件土地を買収した。しかしながら、右買収処分には次のような違法がある。

(一)  まず買収手続上の瑕疵についていえば、

(1)  本件買収計画樹立当初においては買収の時期は昭和二二年七月二日と定められ、その旨公告があつたのに、買収令書記載の買収時期は同年一〇月二日となつていることは前記のとおりであつて、これは中牧村農地委員会が公告の後適法な手続を経ないで買収計画書をすり換え、ほしいまゝに買収の時期を変更したものである。このことは本件買収計画に使用された用紙が昭和二二年六月二二日に甲府市温古堂から県に納入されていることからみても明かである。自創法によつて農地を買収するに当り、買収の時期を定めるのは農地の所有権の移転の時期を定めるためであつて、極めて重要な事項に属するものであるから、これを一たん決定した以上、適法な手続を経ないでほしいまゝに変更することは許されないことである。仮に被告主張のように、買収計画樹立当初から買収の時期が昭和二二年一〇月二日であつたとしても、公告には同年七月二日を買収の時期とされていたから、真実の買収の時期と異つた日が公告されたわけで、買収の時期につき公告がなかつたも同然である。従つて本件買収処分には適法な公告がなかつたことゝなり違法である。

(2)  本件買収計画につき原告の提起した訴願が棄却されたことは前記のとおりである。自創法第七条第五項によると、県農地委員会が訴願を受理したときは、同項に定める二〇日の期間以内に裁決しなければならないとされている。従つて本件にあつては昭和二二年七月二〇日までに裁決しなければならないのにかゝわらず、前掲訴願棄却の裁決は右期間経過後である同年八月四日附を以て為されているから、同条項に違反した違法がある。

(3)  本件土地は甲府地方裁判所昭和九年(ヨ)第三号仮処分事件による仮処分命令によつて原告が仮に引渡を受け、且つ管理を命ぜられている土地であり、更に後記(二)のような事情から、昭和一九年五月一〇日臨時農地等管理令(昭和一六年勅令第一一四号。以下単に管理令と略称する。)第八条第二項によつて当時の山梨県知事から中牧村農業会へ賃貸すべきこと及び指定期間内に同農業会へ引渡すべきことを命ぜられた土地であるから、単に所有権の移転に止まらずその引渡をも伴うべき農地の買収処分を為すに当つては、先ず以て前記のような司法、行政上の処分を適法に処置すべきものである。そうでなければ、原告としてはいずれの処分に従つていいのか迷わざるを得ない結果となる。然るに本件買収に当つては何等の処置を採ることなくなされた違法がある。

(二)  次に実体上の理由として、本件土地は昭和二二年一〇月二日当時若干荒廃はしていたが、それは次のようなやむを得ない事情によるものであつて、該事情を看過して為した被告の買収処分は違法である。すなわち、原告は昭和一三年から本件土地に菊芋栽培を始め、同一五年からは訴外田辺喜太郎を雇入れて同人に一切の管理を委せたが、昭和一九年五月までは年々その収穫を増していた。ところが、菊芋が酒精原料として重要であることを知らない本件土地附近住民及び当時の山梨県警察部長、経済部長等は、本件土地の大部分に菊芋を栽培していることは食糧増産の政策に反するものと誤解し、何とかして本件土地を附近住民へ耕作させようといろいろ劃策した結果、当時の山梨県知事多湖実夫は昭和一九年五月一〇日附で原告に対し本件土地を管理令第八条第二項によつて中牧村農業会へ賃貸すべきことを命じた賃貸命令を発し、併せて、右命令に反するときは国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)所定の罰則の適用がある旨を通知してきた。原告は右処置を不当として直ちに右命令の取消方を申請したが、容れられなかつた。一方当時の警察部長は自ら或は部下の巡査をして本件土地の菊芋栽培に従事する者は非戦時的作物栽培者として徴用すると威嚇したので、本件土地耕作人夫の雇入も困難となつた。前記命令は菊芋を不適作農作物とした誤認に基くもので、徒に軍閥に迎合した不当な命令であつて、また、本件土地は前記(一)(3)のように仮処分執行中の農地であり、右仮処分命令に反して前記賃貸命令に服するわけにもいかなかつたので、原告は右賃貸命令には従わなかつたが、従わない旨をはつきり意思表示して菊芋の栽培を強行すれば、国家総動員法によつて処罰されることも必定であつたので、次第に菊芋の栽培熱もさめてしまい、昭和二〇年、二一年になつては自然的収穫を頼みにするのやむなきに至つた。なお、本件土地附近の住民は本件土地に栽培してある菊芋の幼芽を刈取つてその発育を妨害し、故意に本件土地を荒廃せしめたものである。

以上のようなやむを得ない事情の下に本件土地は客観的には荒廃状態となつてしまつたが、右荒廃状態は原告の意思に出たものでなく、被告が本件土地を買収せんがために故意に荒廃状態に陥れたものということができる。

なお、つけ加えていえば、元来菊芋は他の農作物と異り、一回種を植付け、二年間これを保護してやれば、其後は手を加えなくても毎年収穫することができ、その残芋が更に種子となり、自然に増産して行くものであつて、耕作の手を省き、草が生えたからといつてこれを不耕作地とみたり、粗放管理とみるのは早計である。従つて被告の為した買収処分は自創法第三条第五項第六号の立法趣旨に反し、更には原告の財産権侵害を目的とした違憲行為であるから無効である。

以上のようなわけで、本件買収処分には形式的にも実体的にも違法があるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだのであると述べた。(証拠省略)

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告の主張する事実中、本件土地が原告の所有であつたこと、本件買収の経過は買収の時期が買収計画樹立当初は昭和二二年七月二日であるという点を除いて原告主張のとおりであること(但し、山梨県農地委員会が本件訴願を受理したのは同年七月一〇日である。)、昭和一九年五月県知事から原告に対し原告主張のような内容をもつ賃貸命令があつたこと、本件土地につき原告主張のような仮処分命令が執行中であることはいずれもこれを認めるが、県農地委員会は本件訴願棄却後、本件買収計画を承認し、被告は右計画に基き昭和二二年一〇月九日買収令書を原告に交付して買収をしたものであつて、原告の主張するような違法な事由はない。

すなわち、原告主張の(一)(1)についていえば、本件買収の時期は当初から昭和二二年一〇月二日と定められており、公告の際も同日となつていたものである。更に(二)についていえば、原告は前記賃貸命令に対し異議申立書を提出し、爾来賃貸を拒否しつゞけてきたものであるが、管理令第八条第二項に基く賃貸命令があつたからとて直ちに賃貸借が成立するわけのものでなく、命令を受けたものがこれに服さない限り、当該土地についての私法上の法律関係に何等変動を来さない。従つて、原告はひきつゞき本件土地を耕作する意思があるならば、所有権に基いて耕作することができたのに、食糧事情最悪の当時においてすらこれを放置していたものであつて、被告が故意に本件土地を荒廃状態に陥れたという主張は全く当らない。従つて、被告が本件土地を自創法第三条第五項第六号(改正前の第五号)にいう農地の所有権その他の権原に基きこれを耕作することのできる者が現に耕作の目的に供していないものとして買収したのは当然であつて何等の違法がないと述べた。

(証拠省略)

三、理  由

本件土地がもと原告の所有であつたこと、中牧村農地委員会が本件土地を自創法第三条第五項第六号(改正前の第五号)該当の土地として買収計画を樹て、原告が右計画に対し昭和二二年六月三〇日附で山梨県農地委員会に訴願したところ、同年八月四日附を以て訴願棄却の裁決があり、被告が右計画に基き買収令書を発行して買収処分をしたこと並びに右令書に記載してある買収の時期が昭和二二年一〇月二日であることはいずれも当事者間に争がない。

まず、原告が違法事由として主張する(一)(1)の点について判断する。成立に争のない甲第一〇号証、乙第一号証、甲第一七号証及び証人岡市治、同広瀬秀治(第二回)の各供述によれば、中牧村農地委員会は昭和二二年五月一九日に開かれた委員会において、本件土地の買収の時期を同年一〇月二日と定めて買収計画を樹立し、かつ縦覧に供せられた買収計画にもその旨記載があることが認められる。右認定に反する原告本人の供述はこれを措信しない。

もつとも、成立に争のない甲第一二号証の二、三、甲第一三号証の一、二によれば、同委員会は同年五月一九日農委告示第一九号を以て本件買収計画を定めた旨の公告、又同日農委告示第一八号を以て一件書類を縦覧に供する旨の告示を為し、右公告及び告示中には本件土地の買収の時期は同年七月二日である旨の記載があること、同委員会から原告に対する縦覧に供する旨の通知状の中にも右と同趣旨の記載があること、しかも、同委員会長広瀬秀治から山梨県知事に対する同年五月二一日発の農地買収予定計画調査報告書の中には買収の時期を同年一〇月二日と定めた買収計画がないことが認められるが、前記各証拠と対比すると、右のような各記載は同委員会事務担当者の手違から生じた誤記であると解せざるを得ないことであつて、前認定のとおり買収計画並びに縦覧に供せられた買収計画書に正確な定めが為されている以上、自創法所定の要件としては十分であるから右のような手続上の過誤は何等買収計画を違法とするものではない。また、原告は右買収計画書(乙第一号証)は適法な手続を経ないでほしいまゝに公告後すり換えられたものであると主張しているが、なる程、証人河西定男の供述によれば、同人が山梨県に対して買収計画書用紙を納入したのは昭和二二年六月二四日であることが一応認められるけれども、一方同証人は、右用紙の受注数量が多かつたので内納めとして分納し、完納の日が右期日であり、しかも、以前に同様の用紙の注文を受けて納入したことがあるかどうかはつきり記憶していないというのであるから、原告の右主張事実を肯認するには足りず、他に右事実を立証し得る証拠がない。のみならず、買収計画を樹てる際に作成される計画書の原本が滅失汚損その他の事由によつて他の用紙に書き換えられることがあつても、計画そのものの同一性が認め得られる限り、買収計画の違法をもたらす何等のいわれもない。従つて、原告の主張するように買収計画書が計画当初のものと異なる用紙を用いて作成されているとしても、さきに認定したように委員会で樹立したとおりの計画事項(特に買収の時期について)が記載されているのであるから、本件買収計画書は新用紙によつてすり換えられた違法があるとする原告の主張は採用の限りではない。

原告は更に、買収の時期が買収計画樹立当初から同年一〇月二日であつたとしても、公告にはその旨の記載がないから、適法な公告がなかつたこととなる旨主張するので、この点について考えてみると、なる程、前に認定したように本件公告には買収の時期は同年七月二日となつているが、自創法第六条第五項前段に規定しある公告には同法条の文理からするも単に買収計画を定めた旨を記載すれば足り、買収の時期までも記載せしめる趣旨ではないと解すべきであり、それは農地の所有者その他の関係者に買収計画が定められたことを知らせてこれ等の者に縦覧するの機会を与えようとするものにほかならないから、さきに認定したように買収の時期につき縦覧に供した書類の記載に誤がない以上、その点公告には誤つた記載が為されているからといつて、そのことを採り上げ、直ちに本件買収計画を違法ならしめる程度の瑕疵あるものということはできない。

以上いずれの点からしても原告の主張は理由がない。

次に(一)(2)の主張について判断する。原告の訴願申立及びその裁定に至るまでの経緯は前認定のとおりであつて、自創法第七条第五項によれば、県農地委員会が訴願を受理したときは、同項に定める二〇日の期間内に裁決しなければならないとされていることも亦原告主張のとおりである。しかし、右自創法第七条第五項の規定は訓示規定と解するのが相当であるから、本件における訴願棄却の裁決が右期間経過後になされたとしても、それは右裁決乃至は買収処分の効力に影響を及ぼすものではない。従つてこの点に関する原告の主張も亦理由がない。

進んで(一)(3)の主張について判断する。本件土地について原告主張のような仮処分命令が執行中であること、昭和一九年五月県知事から原告に対し原告主張のような賃貸命令があつたことは当事者間に争がない。そこで先ず仮処分の点について考えてみると、右仮処分が何人との間に又如何なる権利関係に基いて為されたものかは明かでないが、仮処分はその性質上当該債権者債務者間においてのみ効力を持つものであつて、当然には第三者である政府を拘束するものではない。しかも農地の買収処分が為されるとその農地の所有権は政府が之を取得し、他の権利は悉く消滅する関係にあるから、右仮処分の存在は自創法に因る買収処分若くはこれに基く農地の引渡を妨げるものではない。従つて、仮処分決定を適法に処置してから買収すべきであるという原告の主張は採用することができない。また、原告主張賃貸命令についていえば、管理令第八条第二項に基く賃貸命令は命令自体だけでは何等私法上の法律関係を設定するものでなく、右命令に基く当事者間の合意を必要とすることは被告主張のとおりであり、原告が右命令に服さなかつたことは原告の自ら認めるところであるから、本件土地について新たな賃貸借が生じたものということはできない。しかも、管理令は農地調整法の一部を改正する法律(昭和二〇年法律第六四号)附則第五条第一項及び昭和二一年勅令第三七号により昭和二一年二月一日から廃止されたのであるから、同日以降は同令に基く賃貸命令も亦その効力を失つたものと解すべきである。従つて、昭和二二年一〇月二日を買収の時期とする本件買収処分は右賃貸命令とは何等抵触するところがなく、右命令を無視してなされた違法があるという原告の主張は到底採用することができない。

最後に(二)で原告の主張する実体上の主張について判断する。原告が昭和二〇年以降菊芋の栽培を罷めてしまつたことは原告の自ら認めることであつて、成立に争のない甲第一〇号証、乙第四号証及び証人広瀬秀治(第一回)、同大村政義、同佐井清、同佐野実造の各供述によれば、中牧村農地委員会が本件土地を買収するに当つては、まず同委員会補助員大村政義が昭和二二年二月一日現在で一筆調査をし、更に右一筆調査を確めるため、同年五月一六日同村農地委員のうち一名を除いた全員が本件土地を踏査したところ、その結果は、本件土地のところどころには菊芋が残つてはいたが、一般に雑草が生い繁つていて耕作の目的に供していたとは認められなかつたこと、同年一一月二二日甲府地方裁判所執行吏が国と原告間の同裁判所昭和二三年(ヨ)第四九号不動産仮処分事件の判決正本により本件土地につき仮処分を執行した際、本件土地は芝地ないしは荒蕪地の様相を呈していたこと、並びに現在本件土地を耕作しているものが耕作を始めるに際し、殆んど開墾に等しい程度の労力を要したことがそれぞれ認められる。他に右認定事実を左右するに足る証拠がない。従つて、仮に原告が主張するような原告としてはやむを得ない事情によつて本件土地が荒廃状態になつたとしても、被告において故意に右状態を作為したものということはできないし、前記認定のように昭和二一年二月一日管理令廃止により賃貸命令が失効した以後は原告において自由に耕作し得る状態を回復したものであるから、本件買収計画樹立当時不耕作地であつた現況が認められる以上、自創法第三条第五項第六号(改正前の第五号)に該当する土地と認定するを妨げない。従つて原告の主張は理由がない。

以上を要するに、本件買収処分には何等違法な点はないから、原告の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 町田健次 杉山孝 勝見嘉美)

(目録省略)

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